母親、妻以外の「わたし」

家族

女性にとって子どもが生まれ「母親」となる時、それは例えば職場で肩書きが課長と なったり部長となったりするのとは根本的に違います。

目に見える評価がない母親業

通常、職場で新しい担当や役割、 責任が与えられる場合は、期待される業務内容と目標があらかじめリスト化されており、 あなたの業務達成度を評価するコンピテンシーも存在します。

見えているゴールに向かって、 あとはいかにあなたが頑張るか、というのが職場で新しい任務が課されるケースです。

では、「母親」になるのはどうなのでしょう。

これは、仕事内容のリストもマニュアルも 存在しない、ゼロベースの新しい任務が増えることを意味します。

しかも責任は重大。 なにせ、産まれたばかりの人の命がかかっているのですから。

わかりやすく登山に例えてみましょう。

まず、山頂がどこにあるかはっきりと わかる地図が渡され、登山に必要な道具も揃えられ(その道具をどう使う方は あなた次第ですが)あとはあなたがどのように登頂するか決めて送り出される登山。

そして、もう一つは、山頂はなんとなく方向は示されているが雲がかかっていて ぼんやりとしか見えず、地図も持たず、コンパスさえない。

でも時間だから いってらっしゃい、頑張ってきてねと背中を押される登山。どちらがより困難か、明確ですね。

母親業という仕事には、評価システムは存在せず、達成率も出なければ、 給与も出ません。

それでも子育てに没頭する毎日にこの上ない幸せを 感じることが出来るラッキーな女性もたくさんいます。

特に仕事にやりがい を感じてバリバリ働いていた女性にとって、「国民の義務のひとつである 勤労をしていない」「誰からも評価されていない」という事実を受け入れて 尚自信を持って毎日を過ごすのは、ほとんど修行のようなものなのではない でしょうか。

この根本には、戦後の高度経済成長期も終盤を迎え、バブルがはじけた頃に 出てきた価値観が原因となっているように思われます。

新しい女性の在り方

「女性も社会的に自立して仕事を持つべき」という価値観は急速に拡大し、 現代では寿退社などという言葉はめったに聞かれなくなりました。女性も 経済社会に貢献し、そこで正当な評価を得る。

これが現代の女性のいわば 新しい常識となりつつあります。たった一世代で、女性の常識はここまで 変化したのですね。

バリバリ仕事一本で生きてきた男性が定年退職を迎えてうつ病を発症したり 突然生きがいをなくして引きこもりとなってしまったりするケースは 多く見受けられます。

こうした例は、それまでの人生を会社に捧げてきた男性に多いようです。

自分の世界が突然なくなり、喪失感を感じて無気力になって しまうと分析されており、アイデンティティ・クライシスと表現されたりします。

この状況は、それまで仕事が自分の生活の中心だった女性が出産、育児に よって仕事を離れ、社会生活とのつながりがなくなった時に感じる自信喪失と似た部分があるのではないでしょうか。

アイデンティティは本来、金銭的な ものでも社会的なものでもなく、自分自身が何者であるか、ということ なのですが、生活のすべてを会社に捧げていた女性にとっては 「仕事をして評価されている自分」=「私のアイデンティティ」となってし まっているのかもしれません。

でも育児は「育自」とも言われるように、母親は育児を通して人として 間違いなく成長しているはずです。

将来、母親としての役割がひと段落した時 にこそ、その成長ぶりは発揮されるのかもしれません。

母親でもない、妻でもない、「わたし」。

今は毎日髪の毛を振り乱して 育児に奮闘し風の中ママチャリをこいでいるあなたも、母親、妻以外の「わたし」に 会えるのは時間の問題。その時少しでも素敵な「わたし」に会えますように。

自分が「何をしているか」ではなく「どんな自分か」が本当に重要であるということ、 日々忘れずに行きたいものです。

「What do I do?」ではなく、「Who am I?」と毎日 自分に問いながら目の前の天使に向き合いたいものですね。

ABOUTこの記事をかいた人

主婦兼ライターの藤村華子です。 自分自身、思い通りにいかない子育てに悩みつつ、毎日奮闘しています。ママ友関係でもいろいろ……。 そんな経験を生かしつつ、役に立てるような記事が書けたらいいなと思っているので、どうぞよろしくお願いします!