早期教育の是非

早期教育

就学前から塾に通い、幼稚園、小学校、中学校と受験を体験した結果、高校生のころには勉学の成果も上がらなくなり、大学受験にも苦労したというお子さんが大人になって本心を語りました。

「友達と遊びたかった」「塾が嫌だったけど、お母さんに嫌だと言えなかった」「自分に受験は必要なかった」「勉強よりスポーツが好きだった」早期教育の結果の一例です。

五感で感じる乳幼児期

ある母親は、うちの子は放っておくと何もしないから、無理にでもやらせないとダメになると言います。

またある母親は口には出さずとも、親子3代T大学卒業にしたいと密かに目論んでいます。

こんな時、子供にとって親というものは絶対的な存在なので子供は逆らえません。

仮に子供が「やりたい」と言ったとしても、マインドコントロールのような状態で言わされていることが多いように感じます。

将来は医者になりたい、弁護士になりたい、と立派な目標を幼稚園児が語るとき、大変心配になります。

それは多くの場合、大人が吹き込んだことに違いないからです。

そして、親の希望をかなえるという義務感を強く感じる子供は大きなストレスを抱えます。

特に母親は子供のでき具合を自分の評価と感じる人が多いと思いますが、それは間違いです。

さらに、乳幼児期は先入観なく自分自身の五感で感じ取ることで多くを学ぶ時期です。

その大切な時期に偏った価値観を植え付けることは、子供の可能性を狭める危険な行為といえます。

脳の発達という観点

一方、脳の発達の観点からは、右脳と左脳の特徴の研究が進み、その働きを向上できるという説もあります。

左脳で理解できるスピードを超えて物事を処理しなければならない環境をつくることで、右脳の能力を導き出し、結果右脳を使用する習慣をつけることで情報処理のスピードがアップします。

その例がどんどん出てくるカードを記憶する「フラッシュカード」や、瞬時に本の内容を読み取る「速読」です。

この速読は本だけでなく、球技などのスポーツにも役立つことは知られるようになってきました。

スポーツの基礎を習得するには10歳まで

またスポーツの基礎を習得するには10歳までが良いという意見があり、諸外国ではオリンピック選手を育てる際に、子供が幼いうちにいろいろなデータをもとに何の種目に向いているかを見定め、その種目の選手として国力をかけて育成するという話もあり、スポーツの早期教育として成果も上がっていると聞きます。

さて、母親の多くに、うちの子には特技がないと言う悩みを語る人がいます。果たして本当でしょうか。

子供が小さいころに、勉学に関係ない物事、例えばゲームを親の価値観で「意味のないこと」と定義づけてはこなかったでしょうか。

「親」にとって「意味のないこと」

多くの「親」にとって「意味のないこと」が好きで仕方ない子供がいつしか、世に人気ゲームを多数輩出するプログラマーとして活躍する姿を見たことがあります。

少数派のその人は一見特別なようで、実は特別な人ではありません。

多くの親がそれはダメと子供が幼いうちにゲームを禁止してしまったことに対して、好きなことをやらせた母親が少数であったことの結果でしかありません。

このように、幼いころに習得するべきなのは勉学ではなく、楽しいことをしているときに自然と身に着く集中力であり、友達と遊んだり喧嘩をしたりする中で身に着く主体性や協調性です。

また試行錯誤して工夫することや、お互いに協力することで成し得ることがあるという事も学びます。

そしてその結果、子供本人の体験や思いから湧き出た言葉で自分の将来像が語れる子供になるのです。

その思いが、その後の人生の全てのやる気の原動力となり、好きな遊びで覚えた集中力で困難を乗り越え、目標を達成できるはずです。

これが本当の早期教育ではないでしょうか。

早期教育は脳科学の観点やスポーツの分野において未知な部分を秘めているものの、大人の押し付けや母親同士の競争になったときに意味がないどころか害になるということを肝に銘じ、心豊かな子育てをしてほしいと思います。

ABOUTこの記事をかいた人

主婦兼ライターの藤村華子です。 自分自身、思い通りにいかない子育てに悩みつつ、毎日奮闘しています。ママ友関係でもいろいろ……。 そんな経験を生かしつつ、役に立てるような記事が書けたらいいなと思っているので、どうぞよろしくお願いします!